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香りと音楽

香りと音楽 -匂と音ー

調香師 森 日南雄 (2016.10.27)

 

『 森の匂いがした。秋の夜に近い時間の森。風が木々を揺らし・・・』で始まる今年度の本屋大賞を受賞した、宮下奈都著「羊と鋼の森」の冒頭部と書名に惹かれて、思わず本屋の店先で立ち読みしてしまった。

先を読んで行くと、問題は近くに森などなく、ひとけのない体育館にあるピアノの調律に来た調律師の叩く鍵盤から生まれる音色に、森の木々の匂いガする、と感じた主人公の17歳の高校生が、たったこれだけのきっかけで調律師の道を歩むことになる物語である。

北海道で生まれ育った環境が、青年の心のうちに「匂いと音」という共感覚を芽生えさせたのであろうか、淡々と綴られる語り口が、清々しく、心が洗われる好著である。

 

 

「匂と音」の共感覚は、すでに19世紀中頃の象徴派の詩人ボードレールの詩集“悪の華”の「万物照応」の項、「自然は一つの宮殿。・・・匂と色と響きとは、かたみに歌う。・・・・」(福永武彦訳)という一節に記述がある, 果たして作者は現実の世界でこのような実体験をしたのであろうか? 阿片の吸引癖がある作者がこのように感じたかどうか、朦朧とした精神状態の中で感じた幻臭ではなかったろうか?

また、定かな記憶ではないが、日本人のピアニスト(中村紘子?) がある曲を弾くと

“キンモクセイ”の香りがする、という記事を読んだことがある。「色と音」の共感覚を有する人には、作曲家スクリャービン、バイオリニストのイツァークパールマン、などの実例が多いが、「匂と音」となると案外少ない。


 筆者は数年前から左耳が不自由になり、ほとんど聞こえなくなってしまったが、商売道具の鼻は昔より鋭敏になったように感じる。失われた感覚を他の感覚が補う、いわゆる補償作用が働いているのではないか? 

もとより、鼻・耳・口の3器官は、発生学的には同一器官から分化したものであろうし、繋がっているのだから、嗅覚-聴覚-味覚間でこのような相互作用が起きても不思議ではない。

 150年以上前の19世紀中頃、英国の化学者ピースは、その著書「The art of Perfumery」の中で、音階上に46種類の天然香料を配置し“香階”という概念を考え出した。音楽を聴きながら、同時に香りも楽しもうというわけである。ただ、彼がこれに基づきどのような形で香りと音楽を具現化したかわからない。ところが、150年の時を経て、この理論に基づき、香りと音楽を同時に楽しめる『Perfumery Organ』(香調オルガン)が製作され、そのお披露目が、昨年11月末、恵比寿ガーデンホールであった。筆者も興味津々、駆けつけた。想像以上に大きなオルガンである。演奏が始まる前に、筆者も弾かせて貰ったが、鍵盤を弾くたびに、眼前のオルガン棚に並べられた、香料の希釈液が入った容器から、音と同時に、匂いが霧となって、奏者に向かって吹き出してくる、一瞬面食らった。続けて弾くと次から次へと出てきて、まるで、Mille fleurs(集め香料)のような状態で、とても香りのハーモニーを楽しむという訳にはいかなか った。会場は天井の高い広い会場で、換気も十分ではなく、残り香もある中、聴(嗅)衆がどのような感想を持ったであろうか? このオルガンの製作実現に携われた方々には、心から敬意を表するものであるが、香りは、香道でいう“聞香”のように、まず心で聞いてそれから匂い、想像を巡らせ楽しむ、個人的な感覚の世界であることを改めて感じた。