調香師 佐野 孝太(2016.09.18.)
ウッディノートにおける重要な天然香料を問えば、ほとんどの調香師はサンダルウッド、パチュリー、セダーウッド、ベチバーと4種の天然精油の名前を挙げるでしょう。
しかし、パチュリーオイル、ベチバーオイルは木からではなく、それぞれ草の葉、草の根から抽出される香料です。つまり「ウッディノート」とは、原植物が樹木であるかどうかには直接関係なく、「木の香り」を表現する香調用語であることがわかります。
男性用フレグランスでは主役も担うウッディーノート
女性用フレグランスにおいて、ウッディノートが香りの主役を担うことは多くありません。しかしウッディノートは、多くのフレグランスで香り全体に厚みや高級感をもたらすなど、脇役ながら非常に重要な役割を担っているのです。
一方、男性用フレグランスでは、ウッディノートは時に香りの主役を担う重要な存在になります。多量に使用した場合にマスキュリンな表現に繋がるパチュリーオイル、ベチバーオイルを中心に、ウッディノートはその他のスパイス、アニマル、レザー、アンバーなどの様々なエレメントと組み合わされてその効果を発揮します。
ベチバーという素材名を持つメンズフレグランスたち
男性用フレグランスの中に、「ベチバー」という名のフレグランスが多くあることに気づきます。
ベチバー(クリード-1948)、ベチバー(カルバン-1957)、ベチバー(ゲラン-1959)、ベチバー(ランバン-1964)、オードベチバー(イブロシェ-1969)、ベチバードプーチ(プーチ-1978)、ベチバー(アニックグタール-1985)、ベチバー(ロジェガレ-1992)、ピュアベチバー(アザロ-2000)など、30種類を超える男性用フレグランスが「ベチバー」をモチーフとして発売されています。
ベチバーオイルの香調からして、「ベチバー」が男性用フレグランスに相応しいテーマの1つであることは容易に想像ができますが、ミドルからベースノートで個性を発揮するベチバーの香りに、どのような香りを組み合わせるのかに工夫が必要となります。
忘れられないベチバーとの出逢い
20年以上前ですが、パリはシャンゼリゼ通り、ゲラン本店にフレグランスを買いに行った時のことです。ゲランの制服を着た店員の方に目的の女性用フレグランス数点の名前を告げると、とても親切に商品を準備してくれました。商品を受け取って帰ろうとすると、担当してくれた店員の方が満面の笑みと共に、「どうぞ良い1日をお過ごしください。あなたの午後のために、ゲランの香りをお贈りします」(多分そんな感じの内容でした)。有無を言わさずにスプレーで振りかけてくれた香りが「ベチバー」でした。
店を出て歩いて行くうちに香りは刻々と変化して行きます。トップはベルガモット、レモンのシトラスノートとコリアンダーのようなアロマティックアクセント。10分も歩いているとベチバーが香り始めますが、ベチバーの持つアーシーな部分がうまく抑えられていて、シンプルながら高級感のある絶妙なドライウッディノートに感じられます。
ミドルノート以降でベチバーに組み合わされていたのは、クローブのスパイシーノートとレザーノート、そしてオリスのドライなフローラルノートでした。店員の方の思惑通りに、ゲランの4代目調香師:ジャンポール・ゲラン氏の第一作と言われている「ベチバー」に魅せられながら、パリでの午後を過ごしたのでした。