丁子風炉(風呂)と丁子について

元ポーラ化成工業(株)研究所 佐藤 孝(2014.11.11.)

 

  日本製トイレ消臭・室内芳香装置ともいえる丁子風炉(風呂)について、文献からの情報をまとめました。また、主たる原料として使用される丁子について記載しました。

 

丁子風炉(風呂)

 

 ランビキに引き続き、今回は丁子風炉(風呂)をご紹介します。

 

 丁子風炉という言葉を聞きなれない方も多いと思います。「風炉」と書かれる場合と「風呂」と書かれる場合があります。丁子風呂でネット検索してみると、京都に丁子風呂町という町名があり、丁子風呂町の関連記事が多くみられます。

 

 また、「一人の修行僧が仏前で作法する時に、天台、真言の密教においては、浄衣を着る前、丁字香を入れた「丁字風呂」に入り身を清め浄衣をまとい、道場にては口に丁字香を含み、塗香(ずこう)で身体と衣服一切を清める。」という事があります。

 

 ネット検索において「丁子風炉」と検索するとすぐに出てくることから、以下「丁子風炉」という表現にさせていただきます。

 

丁子風炉の仕組み

 

先ずは、著者が所有している丁子風炉で、構造をご説明します。

 

1 上の取手の付いた器の部分は、丁度蓋(ふた)のある湯呑茶碗のようになって

  います。

2 下の取手の付いた器の部分は茶道で使用する風炉又は普通の火鉢の様に灰が

  入っていて、火を起こした炭を載せます。

3 上の持ち手の付いた器に水と丁子を入れ、下の風炉のようになっている部分

  との間にはめ込み、湯を沸かします。

4 一番上の蓋の透かし (穴のあいている所) になっている所から丁子の香気を

  部屋に立ち込めさせます。

 

 


 色々な形をした丁子風炉があり、陶磁器以外にも金属製のものもありますが、基本の構造と使用の仕方は同じです。

 著者が所有しているのは一品しかありませんので、色々な丁子風炉を見たいという方は、ネット検索(「丁子風炉」 の画像検索 )でご覧になって

ください。

 

丁子風炉の記録

 

 17世紀から19世紀にかけて作られたようですが、陶磁器に関して言えば、南は沖縄から北は東北までの窯元で作られている事には驚きです。

ランビキのように伝来となったものがあるのかは不明です。丁子風炉の記録として残っているものも沢山はないと思います。まだ調べ尽くされてはおりませんが、以下に調べたものを記載してみました。

 

 年代が明確ではありませんが、福島県の相馬焼では初代が京都の野々村仁清(生没年不詳<1644~1648頃)仁和寺の門前で御室窯(おむろがま)を開窯)

に学んだ田代源吾右衛門(のち清治右衛門)の三代目が相馬藩主の手洗い場のにおい消しに用いたといわれる「丁子(ちょうじ)風炉」を作成したと書かれています。薩摩焼では島津藩八代藩主島津重豪(しげひで)<1745~1833>が大奥の献上品として作らせたと書かれています。1804年(文化元年)に博多焼の四代宗七が丁子風炉一対をつくり、博多焼の名を冠して朝廷に献納されたという記録もあります。

 

 最近では、東京にある三の丸尚蔵館にて、「若梅に撫子-旧高松宮家と伝来の品々」2013年(平成25年3月26日~7月15日) で開催された展覧会に「瓢形丁子風炉」(江戸後期:18世紀)が出品されました。 

 

 現在、山梨県西八代郡にある薬王寺に、後陽成天皇の第八皇子良純親王(1604~1669)由来の丁子風炉が保存されているそうです。

 

 これらの記録を見ますと、藩主、大奥、朝廷、宮家、親王と使用した人物、場所も様々で、バリエーションに富んでいます。(ちょっと一般庶民には縁遠いようです。)

 

本当の用途は?

 

 室内の防臭や湿度調節のために香料の丁子を煎じた風炉の一種とか、香炉の一種と書いてある文献があります。結核等の胸を病んでいた人が丁子の香気が効くということで使っていたということや、医療器具として用いられたこと、室内によい香りをこめるために,丁子を入れて煎じる(せんじる)風炉等、色々な説が書かれています。

 

 使用する丁子も、丁子油、丁子の蕾(スパイスで使用されているクローブバット)、丁子の葉等。更に沈丁花(チンチョウゲ)の蕾まで使用したという事も書かれていて、なかなか謎めいています。

 

 真実はというと、まだまだ謎に包まれている部分もありますが、貴族、身分の高い武士や豪商等が雪隠(せっちん)、厠(かわや)、便所等と言われる

今でいうトイレで使用したルームフレグランスというと聞こえは良いものの、臭い消しとして使用された様です。しかし、単なる道具ではなく、美術工芸品として鑑賞に堪えるものになっているとも書かれていますし、素晴らしい逸品があります。(京都の粟田焼、鹿児島薩摩焼等)

 

日本での丁子の使われ方について

 

 チョウジは、「丁香」(主に中国語の漢字)または「丁子」、「丁字」とも書くが、チョウジ(丁子)は、花が咲く前、多くの蕾の状態で摘み取ったものを日干しにしたもの。その一つ一つの蕾の形がクギ(釘)の形をしているので、「丁」の字があてられたと云われています。

 

 丁子はすでに奈良時代には日本に伝来しており、日本では産しないものを東南アジアから日本へ運ばれていたことに驚かされます。香材(お香に使用)や医薬品(健胃、腫れ物、風邪、歯痛等)、貴重品を収納する箱の防腐等に使用しました。また、天台、真言密教の修行僧が、丁子の風呂に入ったり、塗香(ずこう)で身体と衣服一切を清めたりした事は冒頭にも書きました。江戸時代の中期になるころから丁子風炉の出現で新たなチョウジの使用方法も加わったのです。

 

 香料の成分からみるとオイゲノールが有名ですが、殺菌力と防腐力が優れている事も現在は良く知られています。それを知って丁子風炉に使用したかは定かでありませんが、現代のアロマテラピーにも通ずるのではないでしょうか。

 

丁子風炉の謎

 

 現在、丁子風炉という言葉はほとんど聞きませんが、今でも沖縄で作られているというのは驚きです。しかしながら、誰が丁子風炉を発明したのか、なぜ丁子を使用したのかもよく分かっていません。一説によると蘭学の影響もあるようです。今では丁子には殺菌力があることは良く分かっており、室内殺菌には適していると思われますが、その当時どれだけ丁子の効果、効用を分かって使用したのか確かなことは分かりません。

 

 憶測の域を出ませんが、「香りが強い」という効用がトイレ等の臭い消しに適していたのではないかと思われます。更に芳香もあり、今でいうトイレの消臭や室内芳香剤と思われますが、これを陶磁器や金属製の装置として、一級の美術工芸品にしたところに丁子風炉のすごさがあります。

 

 今でも丁子風炉が市場に出て売買となると、古美術商の方は良い顔をしません。他の香炉等と比べ物にならないくらい素晴らしいものでも、丁子風炉と言うだけで、価格が下がってしまうそうです。昔、トイレで使用されたものであるので不浄のものということで、どんなに素晴らしいものでも、

他の美術工芸品と比べものにならない位、価格が低く評価されてしまうそうです。(そうは言っても価格は品切りです)

 

 このような理由もあり、私も入手できたのですが、臭いも全然ついていませんし素晴らしいものです。色々な条件が重なり本当にラッキーでした。

それよりも、実際に市場に出てくることは大変希だそうです。全国の博物館で丁子風炉が収蔵されている所もあるのでチェックしてみて下さい。

 

おわりに

 

 調べれば調べるほど謎が深まる丁子風炉です。現在は、アロマポット、アロマディフューザー、アロマライト等という芳香器も手軽に使用できるようになりました。さすがに現代のように手軽とはいきませんが、すでに三百年前に日本で、丁子風炉というものがあったのです。ランビキ同様に、今では忘れ去られてしまった丁子風炉ですが、実はトイレの芳香剤等と言っているレベルではなく、今でいうアロマディフーザー、ルームフレグランスと空気洗浄を兼ね備えた装置となっています。デザインにおいても、一級の工芸品のレベルまで高められており、これらを作り出した、粋で遊び心のある先人たちの発想と日本文化のすごさに改めて驚くばかりです。