五感における香りⅠ

調香師 佐野 孝太(2013.8.)

 

 五感という言葉を耳にしますが、一般の方に「五感とは?」と質問すると、その回答は多くの場合「視覚、聴覚、・・・味覚、・・・あとは・・・??」。嗅覚を上位に挙げる人は少なく、残念ながら忘れ去られることさえあります。

 

 今回を1回目とし、五感における「嗅覚の役割」を複数回にわたって記載したいと思います。

 

人間にも大切な「嗅覚」

 

 五感とは文字通り五つの感覚:視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚を指し、いずれも外界からの情報入手やコミュニケーションのために不可欠な感覚ですが、その重要性の順位は動物の種類によっても異なります。

 

 例えば昆虫のように、嗅覚が非常に重要な感覚として上位に位置付けられる動物も少なくありませんが、ヒトの場合には視覚・聴覚に大きく依存しているため、一般的には嗅覚の重要度は低いと認識されています。しかしヒトにとって、本当に嗅覚が重要な感覚ではないのでしょうか。

 

 

                      

 

嗅覚は身を守る基本感覚

 

 私たちは、デザートに出てきたフルーツがオレンジなのかグレープなのかを、たとえ目をつむっていても嗅覚だけで識別する能力を持っています。

 しかし視覚による識別が可能な場合、その識別は視覚情報が優先される傾向にあります。「オレンジジュース」と記入された容器に意図的にオレンジ色にしたジュースが入っていた場合、それが仮にグレープジュースであったとしても気がつかないということが起き得ます。嗅覚の正しい情報よりも、視覚の間違った情報が優先されてしまったことになります。幸いジュースだから何事も起きなかったわけですが、以前には冷凍食品への農薬混入事件が起きたこともあります。その際は、多くの方々が「変なニオイがしたから食べなかった。あるいは変な味がしたので吐き出した」とコメントしています。つまり、スーパーでいつも買っている商品だから100%安全であるという情報に惑わされず、嗅覚や味覚によって食品の異常を察知して自らの身を守ったのです。

 

五感を磨くことは豊かな生活に結びつくこと

 

 五感は自分の身の回りから情報を得るためのツールであり、自分の身を守るために重要な役割を果たしています。食べ物の例に限らず私たちは五感を駆使して周囲の状況を確認し、危険を察知しているからこそ安全に生活することができるのです。

 

 情報にあふれた現代社会だからこそ、私たちは再度五感に注目し、与えられる情報だけではなく自らの五感によって真実を判断する感覚を磨いておく必要があるのではないでしょうか。そして五感を磨くことは、より豊かな生活に結びつくヒントでもあると思うのです。 

 

(次回「その2へ続く」)