"フゼア”調の香りとは

調香師: 森 日南雄   (2023.8.31.)

 

 シプレ、オリエンタル調と並んで、歴史的に古く、もっとも重要なタイプの一つフゼア調について、誕生した背景と香りのカテゴリーを含めてお話しします。

 

“フゼア”の名前の由来

 

 植物の羊歯(シダ)を意味するフランス語のFougere(フジェール)を日本語読みしたもので業界は古くから使われている用語です。

シダ(羊歯)科植物は、約3億年前に陸上で初めて繁殖し、現在まで生き延びている古生代の植物です。非種子植物で胞子により増えます。ワラビやゼンマイはこの仲間です。葉の香気は乾燥すると、精油のHayやLiatris(リアトリス)のような甘い枯れ草様の匂いがします。

 

             ウォードのテラリウム

 

時代背景

 

 ヴィクトリア朝時代(1837~1901/ヴィクトリア女王6世統治)イギリス史において産業革命による経済の発展が成熟期に達した大英帝国のこの時期、医師で園芸家のナサニエル・バグショー・ウォードがテラリウム(温室)を発明、 これにより密閉空間で観葉植物が栽培できるようになり、羊歯ブームが起きました。このような背景から羊歯(Fern/Fougere)は当時の人々にとって馴染み深いものとなりました。

 

Fougere Royale(フジェール・ロワイヤル)誕生ストーリー(ウビガン社と調香師ポール・パルケ)

 

 ウビガン社は南仏グラースのJean-Francois Houbigantにより、1775年、パリで香水商として創業。数世紀に渡り、欧州各国(ナポレオン朝、 ロシアアレキサンダー3世朝、英国王朝)等の王室御用達香水商として栄えた現在する最も古い香水店の一つ。1880年、調香師ポール・パルケ(Paul Parquet)が共同経営者として参画、1882年、合成香料クマリンを初めて使用した画期的な香水<Fougere Royaleを創作、注目を集める。

 

調香師ポール・パルケ(Paul Parquet)プロフィール

 

 1856年生まれ1916年没。生地不詳。フランスの調香師・化学者。

1880年、老舗香水商Houbigant社の共同経営者兼主任調香師として入社。1882年、香水史上初めて合成香料Coumarin を使用した画期的香水 “Fougere Royale”を発表、一躍脚光を浴びる。CHANEL No.5を創作した、かのエルネスト・ボーは、彼をその時代で最も偉大な調香師であり、後年に影響を与えた近代香水の創始者であると、著述 “調香師の思い出”の中で述べている。シャネルNo.5の創作年1921年を遡ること40年近く前のことである。1908年、レジオン・ドヌールシュバリエ勲章を授与される。

 

 

   


素材を知ろう

 

 フゼアータイプに使用される香料素材は天然精油を軸に、各種の合成香料で構成されています。そのうち、当時合成されたばかりのクマリンは欠かせません。

 <フゼアの基本骨格 >

  トップノート :CITRUS:(BERGAMOT)、AROMATIC:(LAVENDER)

  ミドルノート:FLORAL:(GERANIUM, ROSE)

  ベースノート: WOODY:(VETIVER, PATCHOULI)、MOSSY(OAKMOSS)、 AMBER:(TONKA BEANS, COUMARIN)

 

      

 BERGAMOT   LAVENDER     GERANIUM                      VETIVER                    OAKMOSS                 TONKA BEANS

  COUMARIN


 

1. BERGAMOT OIL 

 ミカン科に属する低木常緑樹のイタリア原産の柑橘類。収穫は例年10月に始まり3月下旬に終了。果実の果皮から採油する。一般に11-12月収穫はグリーンで香気はフレッシュ、3月収穫はイエローで香気はスイートである。採油は主に圧搾法(Expression)による。収油率は約0.5%。主成分はLinalyl acetateとLinalool. エステル含量は収穫月で変化する。12月は30%→3月は40%程度。柑橘系の重要な香料で、その爽快でややビターな香りはどんな香料ともよく調和してトップノートを形成する。紅茶のアールグレイはベルガモットで着香した紅茶である。光毒性物質ベルガプテンを含むため使用に当たっては注意を要する。

 

2.  LAVENDER OIL 

 シソ科に属する小潅木で、地中海沿岸地帯を原産地とする。   現在、主要産地国としてはフランス、ブルガリアなどがあげられる。種類も品種も多く存在する、そこでこれらの精油をLinalyl acetateの含有量によって区別することが行われてきた。38~40%もの、40~45%のもの、48~50%のもの、50~52%のものなどに分類され、価格も違っている。水蒸気蒸留法により採油する。収油率は0.5%〜0,9%。主成分は、Linalyl acetate, Linalool、他にCaryophylene, Terpineol, Lavandulyl acetateなど多数の成分が含まれる。Lavandinと較べCamphorが少なくややフローラル感強い。柑橘系の香料とよく調和し、特に男性用化粧品の香りの典型であるフゼアタイプにアロマティックノートとして欠かせない。

 

3. GERANIUM OIL   

 フウロウソウ科に属するの低木の常緑多年草本で、花は小さく淡紅紫色、浅く裂けた葉は 触ると強く快いローズ様の香りを放つ。香料採油は主に、Pelargonium graveolenns(ニオイテンジクアオイ)から得る。原産地は南アフリカケープタウン地方。主要産地はかっては、レユニオン島(旧ブルボン島)であったが今日ではエジプト、中国が主流。やや乾燥した葉と茎から水蒸気蒸留により精油を得る。収油率:0.15~0.3%.。主成分は、CITRONELLOL,GERANIOL,CITRONELLYL&GERANY FORMATE,ISO-MENTHONE等。香気がローズに似ていることからローズタイプの素材としてよく使われる。また、フゼアー調とも相性がよい。

 

4.  VETIVER OIL 

 イネ科の多年生植物。学名はVetiveria zizanoid.Stapsfインド原産、主産地はジャワ島、レユニオン島、ハイチ、インドなど。草の形態はススキに似ており、草丈は2mにも達する。葉の部分には精油分をほとんど含まないため、精油を抽出するのは根茎部分。収穫した根茎を2~3年乾燥させ、水蒸気蒸留することで精油を得る。収油産地により異なるが、収率は0.5 %~2.0%。香気成分は Khushimol 13-22%, Vetiselinenol 12-13%, Vetiverol,  Vetivoneなど、主にセスキテルペノイドからなる。精油は淡黄色~淡赤褐色を帯びた粘稠な液体で、根や、土の匂いを想わせる重いウッディー、アーシーな香り。その大きな保留性と力強いウッディーな香りのため、重厚なオリエンタル調をはじめ、シプレ、フゼア、タバコ、レザーからフローラルブーケ調に到るまで幅広い香調にベースノートとして用いられる。

 

5.  OAKMOSS ABSOLUTE 

 オークモスはその名の通り、樫の木に着生するツノマタゴケで、中央および南ヨーロッパ特にユーゴスラビアやフランス、また、モロッコ、アルジェリア、ハンガリー、チェコ、ギリシャなどでも産する。ユーゴスラビアやフランス産が良質とされる。製法は、エーテル、ベンゼン等の溶剤で抽出されたコンクリートをアルコールで抽出する。熟成中および抽出処理中に成分的な変化が起き香気成分が生成する。香気は、わずかにレザーノートを伴う、土様の湿った森の香りを彷彿とさせる。殆どの香料素材とよく調和し、持続性、拡散性に富むので、あらゆるタイプのものに使用される。特にシプレ、フゼアータイプには欠かせない。しかし、近年のIFRAの規制により厳しい使用制限がなされている。

 

6. TONKA BEANS RESINOIDE(ABSOLUTE)

  マメ科のトンカ(Dipterix odorata Willed. あるいはDipterix putropus Taub)の植物の果実の核から種子を採取。木は自生で樹高は20m以上に達し、幹は直径1m以上にもなる。主要産地は、ブラジル、ベネズエラ。クマリンを生成させるため、豆を日陰で乾燥、有機溶剤による抽出で、レジノイドを得る(収率29~46%)。これを原料にアルコールで抽出、アブソリュートを得る。(収率は総豆重量の10~15%に相当)  香気:甘い桜餅様、あるいはアーモンド様で甘いバニラのような香り主成分は、α-Coumarinic acid, Coumarin, 3,4-Dihydrocoumaなど。

 

7.  COUMARIN

 クマリンは1820年トンカ豆より単離され、後に1869年Perkinにより初めて合成された。1877年TiemanとHersfeldにより工業化され、市場に出回るようになった。天然に広く存在し、しばしば配糖体の形で含有され、酵素の作用で遊離する。トンカ豆、メリロット草、カシア油、ペルーバルサム、スパイクラベンダー、サクラ、モモの葉や花に存在する。トンカ豆や桜餅を思わせる甘い、ややスパイシーでバルサムアンバー調の香気を有する白色結晶物質である。バルサムアンバーノートとして、フゼア、シプレ、オリエンタル調などの調合香料に幅広く使用され、パウダリーな甘さと保留性を与える。

 

代表的なフゼアフレグランス

 

 Fougere Royaleを源流とする現代のフゼアの系譜に属するフレグランスのほとんど男性用である。その中でトレンドセッターとなった代表的なものとしては、以下のフレグランスが挙げられる。

 

<Fougere –Aromatic>

   Paco Rabanne pour homme (Paco Rabanne) 1973

       Azzaro pour homme (Azzaro) 1978  

       Jazz (Yves Saint Lauren) 1988  

<Fougere-Fruity> 

       Cool Water (Davidoff) 1983  

<Fougere-Floral>

       Brut (Faberge) 1964        

<Fougere-Woody-Ambery>

       Le Male (Jean Paul Gaultier) 1995   

<Fougere-Oriental>

       Habit Rouge (Guerlain) 1965

 

最近のフゼアフレグランス

 

 Fougere Royaleを源流とする最近のフゼアフレグランスの中で注目されるフレグランスとしては、以下のフレグランスが挙げられる。

 

    ・Sauvage (Dior) 2015 for men <Citrus-Aromatic-Fougere-Woody-Amber>

    Top notes:Calabrian Bergamot, Sichuan pepper

    Middle notes:Lavender, 

    Base notes:Ambroxan, Patchouli

 

  ・Kouros Silver (YSL) 2015 for men <Aromatic fougere-Fruity--Aquatic-Amber> 

    Top notes:Fresh fruity apple

    Middle note:Clary Sage

    Base notes:Sensual woody & amber 

  

  ・Chanel Boy (CHANEL)  for women & men (2016)

    < Aromatic-Fougere-White musk-Amber woody> 

    Top notes: Lavender, Grapefruit. Lemon

    Middle note: Geranium, Orange Blossom. Rose

    Base notes: White Musk, Heliotrope, Sandalwood, Vanilla, Moss, Coumarin 

 

  ・Hermes 24 (HERMES) for men (2021)   < Aromatic-Green-Floral-Balsamic-Amber>  

    Top notes: Metallic Green

    Middle note: Narcissus

    Base notes: Clary Sage

 

 

   

   Fougere Royale & リニューアル品Vintage