その後の丁子風炉の調査研究と日本の香料文化と  U

前回に引き続き、丁子風炉の調査研究による知見と、これからの日本の香料文化を考えてみたいと思います。

元 ポーラ化成工業(株)研究所 佐藤 孝  (2017.09.24)

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丁子風炉と丁子

丁子風炉というからには丁子が関係しているのではないかということは当然だと思われますが、丁子風炉を辞書(『デジタル大辞泉』小学館)で引くと、『香炉に似た金属製または陶器製の風炉。これに釜をかけ、チョウジを煎じて香気を発散させる。防臭・防湿に用いた』とあります。丁子を煎じるとは釜で湯を沸かした中に丁子の蕾を日干しにして乾燥させたもの(以後ホール状と記す)を適量入れて煮出すことをいいます。そして、お湯の中に浸み込んだ丁子のエキスが蒸気となり香気が発散するといった具合です。丁子風炉の使い方が伝承されている中には葉だとか皮を使用したと実しやかに書かれているものもあり、どのように伝承されたのか目を疑うものもあるのに驚きを感じます。それだけ一般に普及しなかったとも言えるのかもしれません。日本で生産されていない事を考えるとホール状のものか、ホール状のものから精油を抽出したものが可能性としては高いと思われます。現在も武家の茶道、香道の御家流を伝承している家元のお話しによると、丁子香炉は使用した記録はあるが丁子そのものは使用せず、香木や練香をお湯で沸かさずに直接釜に入れて上の蓋をずらして使用する、薫ずると言う表現をされています。辞書に書かれている丁子風炉の煎じるという使用とは異なる使い方もあることに驚きを感じています。この件に関してはもう少し調査研究を進めたいと思っています。丁子はすでに奈良時代には日本に伝来していますが、江戸期においてもやはり高価なものには違いないと推測されます。江戸後期から丁子を含めた漢方の薬種(医薬品)が盛んに貿易品として輸入されているところから見ると丁子風炉にも使用されたことが推測されます。更に、薩摩藩では琉球との密貿易で丁子も輸入されています。しかし、薩摩藩は幕府の目を逃れる為にはっきりと記録せず丁子も薬種という扱いになっていることが記録から読み取ることができます。

丁子風炉の認知と問い合わせ

冒頭にも記載しましたが、「丁子風炉(風呂)と丁字について」というテーマでコラム(2014年11月)に記載させていただいてから3年が経過しましたが、その後、丁子風炉に関する記事として、香料産業新聞から2015年7月5・15日発行「丁子風炉(呂)とは何か、その魅力について(1)・(2)」、2016年7月5・15日発行「沖縄の丁子風炉について(1)・(2)」、2017年7月5・15日発行「薩摩焼の丁子風炉について(1)・(2)」と、3回に亘って掲載させていただきました。この3年間の間に、九州の丁子風炉を蒐集されている方からの問い合わせがあったり、金沢の古美術商(古民芸みや)の方から丁子風炉の説明が難しいので日本調香技術普及協会のコラム「丁子風炉(風呂)と丁子について」にアクセスさせて欲しいというご依頼があったりしました。今も繋がるようになっています。初めて丁子風炉の存在を知ったという方も多くおられました。また、色々な各美術館、博物館の学芸員の方ともお会いする機会も多くなり、ある学芸員の方からは丁子風炉の企画展の話題も出るようになりました。是非実現し、色々な丁子風炉を多くの方に知っていただきたいと思っています。

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丁子風炉と香料文化の普及

奇しくも「薩摩焼の丁子風炉について (2)」の投稿記事が載った香料産業新聞(2017年7月15日号)の表紙に「日本香料協会創立70周年を迎える記念式典を挙行」という見出しが目に入りました。更に、「香料文化の普及を目指し活動 香料の社会的認知を高める」と記載されています。会長のご挨拶の中に最近の香料の話題として、嗅覚の仕組みの解明によりノーベル医学生理学賞を2004年に受賞したことや、香り物質が認知症の改善と予防に効果が認められたことや香り物質が記憶を高める効果があることも発表され、香りの可能性が様々な分野で着目されてきているという内容が記載されていました。また、「一般の皆様に香料に親しんで頂くとともに香料文化の普及を目指して活動していきます。」と記載されていました。最新の香料に関連する話題も重要な要素ではありますが、同時に香料文化の普及を目指して活動していくには、江戸時代にランビキ(蘭引)という陶磁器製の蒸留器や陶磁器、金属製の丁子風炉等が存在した事、更に、香木、スパイス、薬草等でも日本古来の香料文化がある事を一般の方々に興味を持って頂き、西洋の古来の香料文化と比較しながら、普及していくことも重要だと思っています。是非このような活動にも研究援助を差し伸べて頂きたいと思っています

おわりに

すでに前々回のコラム後の丁子風炉の調査研究から新しい知見を得ることができ、今までには分からなかったことが判明してきたことも事実です。単に便所の臭い消しと言われたものが女性の婚礼道具になり、女性の調度品になって突然作られなくなったのです。現代訳ではアロマポット、アロマディフューザー、アロマライト等という芳香器のようなものですと簡単に言っていいのだろうかと思ってしまいます。すでに三百年余り前に日本で使用していたものを甦らせるのか、過去の遺産としてガラスケース越しに眺めるのか。今は唯一沖縄だけが丁子風炉を作っていますが、丁子風炉の用途を考えると単に置物として販売されている現状を見るといずれは廃れてしまうのではないかという不安は否めません。だからと言って第二次世界大戦以前まで続けられてきた、沖縄独特の士族の方々の丁子風炉を使用して行われていた、家庭内儀式を復活させる事などはとてもできません。丁子風炉を存続していくには固定概念に囚われないその時代に合った、新たな用途も要求されてくるのです。古来、丁子風炉をはじめ使用されてきた日本の香り文化、香料文化を多くの方々に認知していただくことが大切な使命であると同時に、これからの香料文化、日本の香り文化の将来に何を伝えて行けるのか考えながら、今後も研究調査を続けて行きたいと思っています。    
今回の文章は、香料産業新聞2017年7月5・15日発行の「薩摩焼の丁子風について(1)・(2)」の文章を加筆、要約したものです。