ニトロムスク (2)

2回目でニトロムスクについてまとめるにあたり、ニトロムスクというのは合成香料開発の歴史の中でも特異的な位置を占めていると思う。すなわち19世紀という時代に天然を模倣せずに開発され、偶発的に発見された。また最初の合成ムスクであるにも関わらず、その構造からなぜムスクの香調を持つかはわからずに使用されていた。20世紀に入ってから多くの合成香料が開発されたがその多くが天然香料の成分の合成、またはそのアナログが多い。現在使用されている合成香料の構造を見てもニトロムスクは例外的である。(おそらくニトロ基を有する他の合成香料はないと思う)

調香師 和智進一 (2017・01・20)

20世紀初頭のレジェンド香水への使用

そこで20世紀初頭のレジェンド香水への使用をいくつか振り返ってみたい。

当時、天然ムスクが高価であり、量も供給できないことから、ニトロムスクが重宝され、香水には強さがあり香質が天然に近いMusk ketoneが主に使用された。以下にニトロムスクを使用した代表的香水を挙げる

 

L’Origan(1905)  3%

Chypre(1917)  10%

Mitsouko(1919)  6%

Chanel No.5 (1921)  8%  

Arpege (1927)     3%

1950年代までは、合成ムスクといえばニトロムスクのみであったので香水にはベースノートとして必ずと言っていいほど使用されていた。

 

ここで私が生まれたころの名香を振り返ってみたい。丁度私と同じ年の香水は、1948年のL’Air du tempsが発売されている。このような名香が70年近くを経過しても売れていることはなんとなく喜ばしいことである。さらにニトロムスクを多量に使用した香水の代表である。(10−15%)ムスクアンブレットとムスクケトンの併用でムスクアンブレットのフローラル感とムスクケトンの粉っぽさでニトロムスク使用の成功した代表例といえる。

IFRA規制による影響

Musk Ambretteが最初に使用禁止となり、21世紀に入り他のニトロムスクも使用禁止となり、現在使用可能なニトムスクはMusk ketoneのみである。特に環境への悪影響をという理由がイメージ的にもついてまわった。また感覚的になるが香水の使用環境の変化や、香水に体臭のマスキングを求めないなど、また時代の要求での自然志向等、あまり重い、濃い香調が好まれなくなったことも挙げられる。

終わりに

ニトロムスクについて述べてきたが、既に100年以上使用され1980年代まではシトラス調や一部の香水を除きほとんどの香水に使用されてきた。しかし海洋生物や脂肪組織への残留が問題となりIFRA規制によりムスクケトンのみが現在量規制で使用されている。従って上記の有名香水も処方改訂され、その他のポリサイクリクムスクや大環状ムスクに代替えされている。ムスクは安定性に優れているがゆえに、環境に残留するというジレンマは現在でも香料業界でも存在しさらに新規ムスクが研究されている。

 

また最近のムスクの受容の研究によりニトロムスクも他の合成ムスク同様、天然ムスコンと同じ脳領域において受容されることがわかり大変興味深いことである。

 

パヒューマーとしても化学を学んだ人間としてもニトロムスクは香料素材と非常に特異的である。環境の問題から自由に使用できないことは残念であるが、香水のベースノートとしての香り評価は変わるものではない。

 

参考文献

S. Traynor  “The musk dilemma”  Perfumer & Flavorist Vol.26, 28 (2001)

M. Shirasu, K. Touhara: DOI: http://dx.doi.org/10.1016/j.neuron.2013.10.021Neuron, Vol. 81, Issue 1, p165–178

佐藤、白須、東原 “ムスクの香りの認識メカニズム” 化学と生物 Vol. 53, No.11, 2015

田中茂:香料, 257, 49(2013)