五感における香り U

五感における香り(その1)をコラムに掲載してから、かなりの月日が経過してしまいましたが、

五感における香り(その2)をお届けします。

「その1」では、五感による外界からの情報入手、安全に生活するための香りの役割などについて紹介しましたが、

今回は五感によるコミュニケーションについて考えてみましょう。

曽田香料株式会社

                                調香師  佐野孝太

現代人のコミュニケーション

高次の脳を持っているヒトは、コミュニケーションに非常に大きな力を発揮する「言語」というツールを持っています。

その結果、現代人のコミュニケーションは、大きく視覚、聴覚に偏るようになりました。

例えば、私は今、香りに興味のあるインターネットユーザーに向けてコラム情報を伝えるべく、

言語を介してユーザーの視覚に訴えかけた情報発信を行っています。

このように視覚、聴覚はメディアを介したコミュニケーションに適しており、事柄を正確に伝達する

目的のみならず、音楽、小説、映画など、ヒトの心に訴えるコミュニケーションとしても、

非常に重要で有効な手段です。

心の芯部に訴える感覚

しかし一方で、視聴覚のコミュニケーション手段を絶たれた場合には、着物に焚きしめた香りで

想いを伝えるなど、嗅覚を介したコミュニケーションが浮上することがあります。

また現代でも、握手、抱擁(ハグ)などの触覚を介したコミュニケーションが大きな意味を持つ場面も

少なくありません。

このように、時には視覚、聴覚以外の感覚を介したコミュニケーションが、

心の深い部分に訴えかける力を持っていることに驚きます。

例えば、今は亡き母親が残してくれたメッセージとして、病気の時に決まって作ってくれた

薄い野菜スープの味(味覚)から感じる慈愛、書道家だった母親が毎日のように磨っていた

墨の香り(嗅覚)から感じる誠実などは、時間によって色褪せることなく、

自分が形成される過程で大きな意味を持っていたと感じるのです。

心へメッセージを届ける嗅覚によるコミュニケーション

このような観点からみると、20世紀に発売された多くの香水が、嗅覚を介して様々なメッセージを

伝えようとしていたことに気付きます。

アールヌーヴォーの思想が込められたFOUGERE ROYAL(1882)、JICKY(1889)、

アバンギャルドを表現したCHYPRE (1917)、MITSOUKO (1919)、

女性の解放を意図したCHANEL NO5 (1921)、ARPEGE (1927)、

世界恐慌や戦争後に平和を願うメッセージが込められたJOY (1935)、FEMME (1944)、L'AIR DU TEMPS (1948)、

女性の自立を表現したCHANEL NO19 (1970)、ALLIAGE (1972)、

自然志向に対応したANAIS ANAIS (1979)、CHLOE (1975)、

性の解放を唱えたPOISON (1985)、OBSESSION (1985)、

その反動として家庭愛、夫婦愛、自己回帰などが尊重されたETERNITY (1988)、KENZO (1988)。

視覚、聴覚に比べると容易ではありませんが、嗅覚によるコミュニケーションもまた奥が深くて素敵ですね。